そう、この「関西思い出クラブ」というのは秘密厳守、絶対に日の目を見ることはない
組織なのである。しかも悪の組織ではなく、善の組織。
一体誰が作ったのかも不明である。
しかし、人間の誰が善と悪を決めることができようか?
これは神以外に判断することは出来まい。
これからここに書くことは、神しか判断できないことである。
これを読んでくださった方は、ただこの話を聞いて、
納得されるもよし。
納得されぬもよし。
疑われてもよし。
信じてもよしである。
ただ、決して他言なされぬよう・・・・。それだけはお願いいたします。
☆
ある日、この事務所に谷 明子という女性が訪ねてきた。
この人は、みなさんはもちろんもうお分かりと思うが、
谷さんの奥方である。
谷 明子に応対したのはメアリ婦人であった。
この京都の祇園事務所はほぼメアリ婦人一人で応対しているようなものなので、
開いている日もあれば、開いていない日もあった。
それでも客はまたやってくる。
閉まっていれば日を改めてやってくるのである。
京都というのは、もともとそういう気まぐれが許される場所である。
なぜかって?京都は古い都です・・・・
細い路地の奥に誰が住んでいるかもわかりません。
実際に行ったことのある方はわかるかもしれませんが、
一歩踏み込めばそういう場所ばかり。
休みなら他のところをブラブラ歩けばいいのです。
ただし、もう次にこの事務所を探しても
見つからない場合もあります。
ある場所を一度は偶然見つけられたけれど、
もう二度と見つけることは出来ない・・そういう経験はおありでしょ?
☆
谷 明子は三度目の正直でやっとこの事務所に
入ることが出来た。
そしてなんともこの奇妙な風貌のメアリ婦人と話をすることが出来た。
「奥様、何か悩みがおありですか?」メアリ婦人はたずねた。
「はい・・・あの・・・実は、主人のことで」
「あら、そうですの。それでお話していただける範囲で結構ですので
話していただける?
こちらでお役に立てるかどうかはそれから判断いたしますわ」
「ええ、そうですね。わかりました・・・」谷 明子はこのメアリ婦人の
醸し出す雰囲気にすっかり打ち解けていた。
むしろ好ましく、もっとたくさん話したい気持ちになっていた。
メアリ婦人は、懐かしい昔のおばあちゃんを思わせるような、
女性を安心させられるような、
またこの人になら話しても大丈夫と思わせるような何か
不思議な力を持っていた。
谷 明子(以下;明子)は話し始めた。
「あの私、主人とは学生時代に知り合って、
恋愛結婚したんです。でも、彼の家は特別な家で・・・
つまり・・・・とある華道の家元の家だったんです。
京都にはたくさんの流派がありますもの。
珍しい話ではないですよね。
まあもっとも彼の両親はしかるべき家のお嬢さんと結婚させたかったんでしょうね。
すごく反対されました。と言うのも、私は関東の出身で、
実家は東京なのです。東京の女子(おなご)となど・・・あかんと言われました。
それでまあ・・・・彼は家を捨てる覚悟をして、数年付き合った後、
子どもが出来て私と結婚しました」
「あら、・・・そうですの。なんかとてもロマンティックなお話ね」
「ええ。まあ・・・それが・・・もう結婚して20年になります。
最近は空気のような存在になってしまって。
私はもっと刺激が欲しいのです。
それで、彼にもっと嫉妬したり、怒ったり・・・悲しんだりしたい
そう思うようになったのです」
「はあ・・それも何かちょっと腑に落ちないと言うか・・・。
つまり奥様ご自身がご主人に嫉妬したいということですか。
不思議なお話ですね。でもまあ続きを伺いましょ」
「はい、それで、とある本の片隅でこの「関西思い出クラブ」の
ことを知ったのですけど・・・・。あの、ある方に主人を好きになって
頂きたいの。もちろん、それは好きなふりで構わないんです。
それで、主人がどのように変わるか・・・見てみたいのです。
全く変わらないかもしれませんでしょ。
でも、私を裏切るようなことは絶対にないと信じたいのです」
「はあ・・・・。まあそういう仕事をしてくれる人材はたくさん
ありますが。・・・例えば、大変言いにくいことではございますが、
奥様。もしご主人がその人材を好きになってしまわれた場合は
いかがなさいます?
これは大切なことでございますよ」
「ええ、そうねえ・・・とにかく肉体関係だけは困るわね。
最後の一線だけは超えないこと・・・・。
まあ、それだけを死守していただければ・・・多少は
目をつぶります。だって、こちらがそういうお願いをしているんですものね」
「はい。わかりました。当方では、肉体関係は厳密に禁じております。
それでですね・・・ご主人のお好みのタイプなど、ございましたら
教えていただけませんか?
参考にさせていただきます」
「タイプ?そうねえ・・・昔は美人が好きだったみたいだけど。
多分、最近は違うわね。
あまり痩せ方よりも、少しだけふっくらしてるほうがいいわ。
それから、出来ればちょっと鈍臭いくらいがいいわね。
あまりイケイケタイプではなく、むしろ少しおぼこいような・・・
田舎の人みたいな方がいいかもしれないわね。
まったく私の勘だけど・・・・」
「髪の毛は・・・」
「そうね、長いのが好きね。そうそう、あとこれだけはお願いね。
着物が似合うこと・・・・これが一番のポイントね」
「え、なぜですの?」
「それはね、彼のお母さんがそういう人だからよ。
さっき言ったのも大体は、彼のお母さんを思いつく限り
形容してみたのよ」
「そうでしたか・・・・・なるほど・・・・」
「私とはタイプが違うでしょう?男はみんなマザコンよ。
少し、歳を取るとなおさら母親を思うと思うわ。
そういう年頃ですもの・・・・・」
「かしこまりました。まさにうってつけの人材がおります。
ご紹介いたします・・・・」
メアリ婦人は立ち上がると、机の引出しから古いファイルを持ちだして
明子に見せた。
「本名は隠してございます。この子が、rxc7でございます。
お写真はこちらです・・・・」
明子はその顔を見て、驚きの声を上げた。
「まあ、本当に・・・・。この子昔の彼のお母さんにそっくりだわ。
気に入ったわ。お願いします」
そうして、この奇妙な契約は交わされたのであった。
4月の桜の頃の話である。
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